カスタマーサービス24時《月刊スキージャーナル2001年3月号》

安売り、叩き売りの風潮がはびこる中で 「スキー場は夢を売る商売。だからこそお客さんに満足してもらえるサービスを徹底的に追求したい 」と語るのは、開田高原マイアスキー場支配人兼マイアスキーアカデミー校長の今孝志。アメリカで培ったスキー場経営のノウハウのすべてをこのスキー場に注ぎ込んでいる多才な人物だ。 「心も身体も健康になって帰っていただきたい 」そんな思いで、日々スキー場運営に情熱を燃やしている。安かろう、悪かろうではなく、顧客第一主義を貫く中に良質のスキー場経営をめざす。スキー場の開場は95/96シーズンから。日本中のスキー場が逆風にさらされている中でのスタートだったにもかかわらず、順調に入場者を増やしてきた。今シーズンには標高1820メートルの地点に映画007に登場したシルトホルンのパノラマ回転レストハウスを模した『TEE HORN』を完成させた。今月号では、そのアイディアと実行力で各方面から注目を集めている開田高原マイアスキー場のカスタマーサービスをレポートすべく、オープン間もない12月中旬に現地を訪れてみた。

PM.4:45 徐々に気温が下がりはじめた頃、降雪、除雪、圧雪部隊が寝床から起き出してミーティングルームに集合。夜間作業の打ち合わせに入っていた。スキー場の仕事に優劣はない。けれども彼らの仕事がもっとも裏方と呼ぶにふさわしく、お客には知られにくいが重要な役割を担っている。管理隊長は境田和憲、28歳。支配人の今孝志が全幅の信頼を寄せる夜の仕事人だ。

 境田は、日本気象協会長野支店から送られてくる気象予測を見ながら、コースのどこに降雪機を配置し、どれだけの水量でバルブを開けるかという細かな指示を出していく。壁には現在どのポイントの降雪機が稼動しているかがひと目で分かる電光掲示板があり、降雪機用の5000トンの貯水タンクとポンプの稼動状況などが把握できるコンピューター・システムが完備されている。

 スケジュールボードには何日にどのコースをオープンするのかが細かく記されている。開田高原は自然の降雪がそれほど多くないため、人工降雪機の稼動能力と作業者の腕が試される。今年、マイアは12月2日にスキー場をオープンさせたが、雪づくりはそれよりひと月前の11月6日から始められたという。雪ができるかできないかのぎりぎりの外気温と湿度の中では、過去の経験が活かされる。スキー場における雪づくりはまさに自然との戦いであり、職人芸に等しい技と言えるだろう。

「この仕事で一番つらいことですか? やっぱりシーズン始めのシビアな時期が一番大変ですね。ええ、最初の雪づくりです。12月後半になってくると気温は安定して比較的楽に雪をつくることはできます。だけど11月は12月のオープン日が決まっている中で、それに間に合うように雪をつくっていかなければなりませんから、本当に気をつかいます 」。

 スキー場を予定通りオープンできなければ、多くの人たちに迷惑がかかる。隊長の境田の肩にはずっしりと重い責任がのしかかっている。

 開田高原マイアの降雪能力は1分間に3000リットル。一方で1分間に1000リットルの水が補給される。空になると貯水槽が満タンになるには3日間を必要とする。したがって、いつ、どのタイミングで、どれくらいの水量を使うべきかを判断するためには、気象予測を長期的にかつ微細に検討する必要がある。雪づくりには最高のコンディションになったとしても、先にタイミングを誤って水を使いきってしまう可能性もあるからだ。

 降雪機は夜通しで4回調節が行われる。最初は湿雪に近い状態の雪を撒き、次第にバルブを絞って乾燥雪に近い状態に持っていき、朝方にはさらさらの雪をかぶせて滑りやすい状態にする。彼らの仕事は夜通し休むことなく行われる。

AM.4:00 まだ星がまたたく真っ暗な屋外に自動車のヘッドライトがゆっくりと動き、駐車場の周囲を照らし出す。スキーヤー、ボーダーたちはスキー場を目指して続々と集まってくる。前の晩から自動車の中で仮眠している人たちも少なくない。

 駐車場の係員はすでに配備され、手持ちのライトを照らしながら自動車を駐車場へと誘導していく。外気温はマイナス3度ほどだろうか。風が吹けば体感気温は相当下がるに違いない。寒さの中で眼をこすりながらの仕事だ。

 駐車場係員の仕事は車を誘導するだけでなく、スキー場周辺のスムースな車の通行すべてに気を配る。そして、どの県から来場したのかナンバープレートをチェックし、入場した車の台数を朝7時から10時まで1時間ごとにレストランへと無線で知らせる。県名をチェックするのは顧客の動向を探るためで、入り具合の確認はその日の食材の仕入れを調整し、無駄を省くために行われる。駐車場係りはそこまで考えながら仕事をしているのだ。 「いざという時には総力戦になります。どんな状況にも対応できるようにアルバイトの人といえどもローテーションを組んで、さまざまな仕事を体験してもらっています 」。

 限られた人数で、いかに最大の効果を上げるのか、支配人今孝志の頭の中はいつもそのことに向けられている。

AM.6:00 パトロール隊員たちがスノーモービルでコースを巡回する。倒れたネットを直し、危険箇所には必要な措置を施す。前夜強風が吹き荒れた朝などは、コース全体に張り巡らせた全長3600メートルのネットが全部倒れてしまっていることもあるという。そうなるとパトロールは朝早くからスタンバイし、大急ぎで修復に走りまわらなければならない。常駐する隊員は6人。状況によってはスキーアカデミーのスタッフも応援に入り、テキパキと仕事をこなしていく。

AM.6:40 フル稼働していた降雪機のバルブから水が抜かれ、ファンタイプの降雪機が自走しながらゲレンデ脇を降りてくる。昨晩は深夜に気温が下がり、風も弱かったため、降雪機はなかなかいい仕事をしてくれたようだ。同時に圧雪車のエンジンに火が入り、ライトを照らしながら、編隊を組んで山頂へと向かう。オープンの8時30分に最高のコンディションになるように逆算して圧雪を開始する。圧雪車の助手席に同乗させてもらい、境田管理隊長から話を聞く。もうすぐ夜が明けようとしているが、彼は昨晩から夜通しゲレンデで雪づくりをやってきた。疲れを見せることなく最後の仕上げであるゲレンデの圧雪作業に入る。この仕事に従事して9年。以前は八方尾根で4シーズン働いていたという。

「スキー場が次第にできあがって形になっていくじゃないですか。それが楽しみかもしれません。圧雪をしたときはいつも自分が一番に滑りたくなるような、足跡ひとつもつけたくないような気分になるんですよ。そう、そう、ここの星空は凄いですよ。山頂は空気も澄んでいますから凄い星の数です。夜にひとりで圧雪をしていると浸りの世界に入っちゃいますよ(笑) 」。

 多い時には圧雪車に15〜16時間乗りっぱなしの時もあるのだという。シーズン中、雪の層が厚くなると機を見てフリーライドパークづくりに入る。単に雪を盛り上げればいいというものではない。形だけではなく、どこに何を配置するのかがセンスの見せ所だ。

「遊べない人はまずつくれません。実際にやってみて、その楽しみがわかっていないと 」。

 スノースポーツを愛してきた境田管理隊長の腕の見せ所でもある。毎朝自分で滑ってみてバーンをチェックするのも仕事のひとつ。腕前は相当なものらしい。朝が来ると彼らの仕事はひとまず終わり。一息つくと布団に入ることになる。

AM.7:00 まだ開場前であるにもかかわらず、スキーセンターのトイレは満員。駐車場からお客さんがぞろぞろと押し寄せて来る。霊峰御岳山が朝焼けに染まり、スノーパラダイスの雰囲気が一気に盛り上がってくる。開田高原マイアのもうひとつのご馳走がこの素晴らしい景色だ。

 朝早く到着した人のために 「蕎麦茶屋マイア亭 」が7時にオープン。8時30分まで朝食メニューでもてなしてくれる。さっそく利用者たちがレストランへと入っていく。開田和膳、マイアモーニングが600円でサーブされる。

AM.7:50 リフト稼動40分前というのに、すでにリフト乗り場にはスキーヤーとボーダーたちが一番滑走をめざして我も我もと列をつくり始める。久々に見る光景だ。列は次第に長くなると同時に、リフトチケット売場にも行列ができ、その長さは30メートルまで伸びる。今支配人がすぐに無線で指示を出す。昨晩中に用意しておくはずだったチケットの手配が何らかの事情で遅れたらしい。今支配人、ちょっと照れ笑い。しかし、その後、係員が出て、順調に行列は消化されていった。

AM.8:30 リフト稼動。ビシッと整備されたゲレンデにスキーヤー、ボーダーたちが勢い良く飛び出していく。レストラン等の屋内にはポップな音楽が流されているが、屋外には一切音楽がない。にもかかわらず遊園地がオープンした時のようなわくわくした雰囲気がそこには漂っている。

 リフトに乗ると御岳山の美しい森林と山岳景観が迫ってくる。右手には乗鞍岳がくっきりと全体像を見せ、後ろを振り返ると広大なパノラマだ。今孝志自身、初めてここに来た時には 「海外のスキー場に来たような気分だった 」という。本当にその通りで、日本ではなかなかお目にかかれない雄大な山岳景観であり、ここにはBGMは不要だろう。

「我々のビジネスは気分を売ることだと思っているんです。ご来場していただいたお客様にいかに気分良く過ごしていただいて、気分良く帰っていただけるか。そのためにスタッフはどうあうべきなのか。当たり前のことなんですが、お客様のニーズ、ウォンツを把握することに意識を注ぎます。そうした知的遊学心からサービスが生まれてこなければ21世紀に生き残れるスキー場にはなり得ないと思うんですよ 」。

「ほんのちょっとしたことで、あるいはちょっとしたひと言でお客様が気分の悪い思いをされたら、二度と戻ってきてはくれません。他に競合施設が山ほどあるわけですから別にそのスキー場にこだわる必要がないのです。そのためにはまず社員、スタッフに気分よく働いてもらう。それがなければお客様に伝わっていかないだろうと思うんです。まだまだですが、なんとか一歩ずつ努力し続けて、最終的には日本一気持ちのいいスキー場だと言われたい。そうすれば自ずとビジネスにつながっていくと思うのですけどね 」。

AM.8:45 『スノーボード初心者対象無料レッスン』がスクール前の専用ゲレンデで始まる。中学生以上が対象だが、あっという間に受講生が集まってきた。無料なのにたっぷりと1時間。手とり足とり指導してくれる。ここでは基本的な技術を教えると同時に、ボードの特性やマナーを重点的に指導する。スキー場の安全性を高めるためにひと役買っているアイディアだ。無料とはいえ、このレッスンを機会にアカデミーで本格的に受講したいという人も多くいるのだという。

 日本のスキー学校の多くは、スキー場の軒先を借りて営業しているケースが多く、スキー場経営とはあまり関係がない。しかし、アメリカの誇る高給リゾート、ヴェイルで客員教師を努めた経験のある今孝志は、スキースクールがいかにスキー場経営を左右する存在であるかを身をもって体験してきた。あえて名称を【スキーアカデミー】としたところにもこだわりが見える。上から下にの発想ではなく、ともに楽しみながら学ぶ場所と考えた結果だ。受講生たちがくつろげるようにとラウンジが併設され、フリードリンクも用意されている。いわゆるフリースクールのような雰囲気だろうか。従来型のスキースクールとは雰囲気がまるっきり異なっている。

 多忙な今孝志が、支配人と校長を兼任しているのは、このスキーアカデミーが人的交流の場として重要であることを誰よりも知っているからであろう。彼にとってスキーアカデミーこそが、お客のニーズとウォンツを知るための情報収集の場でもあるようだ。

「必要とされるものがあるのがニーズに応えること。さらにどのようなものとしてあるべきなのかを実践することがウォンツを提供することだ 」と、今孝志は語る。彼の言うウォンツの実践することが、開田高原マイアのオリジナリティにつながっている。

 マイアスキーアカデミーでは受講すればするほどレッスン料が安くなるメンバーズカードが用意されており、さらに申し込みをした人にはワクシングサービスの特典もついてくる。ちなみに最大で46?も割引される。SAJのバッジテスト、SIAのインターナショナルテストの両方が受験することができるというのもめずらしい。

 さまざまな工夫が用意されている中で、対外的にもっとも高く評価されているのが、ビデオカメラとコンピュータを活用した指導法だ。主任教師の谷田部馨信がまとめたこの指導法のリポートはSIA技術・指導委員会のリポートコンテストで最優秀作品として表彰されている。

 具体的にはビデオカメラで撮影した映像を連続写真としてつなぎ合わせ、指導者のお手本の滑りと照らし合わせながら、その受講者の滑りの課題をより鮮明にしようという試み。もちろん大きな液晶画面が装着されたカメラを使用しているために、その場で動きを確認しながらアドバイスをすることもでき、また雪上レッスン終了後にスクールのラウンジで確認することにも活用されてるが、マイアスキーアカデミーのオリジナリティは、スキー雑誌の技術開設写真のようにコンピュータを駆使してつなぎ合わせることで、受講者のカルテとして利用している点にある。このような形にして残しておけば、何度か受講していく中で上達の度合いがはっきりとわかるだけでなく、次回のレッスンのメニューを考えやすいという。たとえインストラクターが変わっても矯正すべきポイントがそれないのもメリットのひとつだ。

「ひとりのカルテを作成するのに3時間くらいかかることもあります。夜にコツコツとやることも多いんですよ 」と谷田部主任。ビデオ付きは1時間単位で9000円。カルテ作成代は3000円だが、あちこちのスクールを受講してわけがわからなくなるということがないため、一度受講するとそのアットホームな雰囲気も手伝ってリピーターとなる人がほとんどだ。

 さらに驚かされたのは、雪上講習を終えた後に行われるインナーレッスンにオーストリアチームのトレーニング風景をとらえたビデオが活用されていたことだ。もちろん市販品などではない。明らかにごく最近のもので、超一流レーサーのフリースキーが鮮明にとらえられている。このビデオの入手経路は最後まであかしてもらえなかったが、我々も喉から手が出るほど欲しい教材であることは間違いない。この映像を参考にスキー指導がされているという事実と、そのアンテナの高さにマイアスキーアカデミーの志の高さが垣間見えた気がした。

AM.11:00 それぞれの施設がさらに活況を呈してくる。570席も用意されたレストラン・シンフォニー、2〜5歳の子供を預かるトムソーヤ、600セットのスキーと最新かつ話題のスキー用具が毎シーズン20台ずつ用意されているレンタルショップ。シーズン直前にオープンした回転レストハウス『TEE HORN』も大好評だ。毎日、午前と午後の2回行われるトイレやごみ箱等の清掃も丁寧かつ確実に行われ、どの施設にあってもスタッフが笑顔で仕事に取り組んでいる姿がとても印象的である。

「ひとつのサービスをしようと思えばどんどん大変になっていくのがこの仕事です。良いサービスを心掛ければかけるほど仕事が増えていく。でもそれを嫌がっていたら21世紀には生き残っていけません。新しいアイディアとサービスを見つけ出して、毎年ちょっとしたことでもいいから実行して、新しいことに挑戦してみよう、10のチャレンジをして9つ失敗があっても、ひとつでも正解があればいい。それをとにかく積み重ねていくしかないと思うんですよ。我々がどんな思いでお客様を相手にこうした商売をやっているかという共通意識をスタッフ全員で持つことがいかに大切かということは、事あることに口にしています。でも、たとえ問題が起っても何も言えないようなムードは一切つくっていません。スタッフ全員がチームのようなノリでやっていけるようにしたいというのが私の理想なんです 」。

 突然、アナウンスでパトロール要請の連絡がスキー場全体に流れる。仲間同士の無線だけで済ませず、スキー場全体にアナウンスするのは、利用者へのちょっとした警告であり、現場にスノーモービルで急ぐパトロールがいることを知らせる意味も含まれているのだろう。まだシーズンが始まったばかり。雪つきも充分ではないため、パトロール隊の表情に緩みがない。リフトが終了する4時30分を過ぎても、最終的な確認がとれるまで彼らの仕事は続く。

 一方、午後の講習が終わるとスキー&スノーボードの教師たちはリフトが終了するまでトレーニングに励む。彼らもまたひとりの教師として腕を磨く努力を忘れない。その頃、境田管理隊長率いる夜部隊はふたたびミーティングルームで打ち合わせを始めている。夜部隊と昼部隊はまったくその行動パターンが逆転しているのだ。

 夜部隊がふたたびゲレンデで本格的に作業に入る頃、スキースクールの常駐スタッフたちはラウンジで夕食をつくり、まるで大学の合宿生活のような雰囲気で食事を楽しむ。

「これがねぇ、いつまでたっても楽しくて 」。笑顔で食事をする今孝志だが、しかし頭はいつも臨戦態勢にある。気温、湿度、風速、風向、残水量によって何台ポンプを立ち上げ、どのくらいの水圧と角度で雪を降らせるのか、それに伴う電気容量は。圧雪は何時にスタートさせるのか。除雪はどうするのか・・・・・。それぞれの部署の明日の準備に抜かりはないのか。

 開田高原マイアスキー場のカスタマーサービスに終着点はない。24時間、スキー場は今日も眠らない。