My favorite ski resorts《月刊スキージャーナル2000年9月号》

6. Garmisch Partenkirchen (ドイツ)

 GARMISCH PARTENKIRCHENは、ベッターシュタイン山塊に属するドイツ最大のスキーリゾート。1936年に第4回目の冬季オリンピックが開催されたことで、その名を世界に知られるようになった。このオリンピックを開催するにあたっては、おもしろい話がある。もともとGARMISCHとPARTENKIRCHENとは別の街。それを当時の最高権力者だったヒットラーが是が非でも冬季五輪の開催権を取得したく、その条件に見合う規模の街が必要だということで、無理やり統合してひとつの街にしてしまった。市民の反対はすさまじいものがあったらしいが、権力者の絶対命令には逆らえず、しぶしぶ承諾したということらしい。しかし、今でも出身地によってガルミッシャーとパルテンキルヒェナーと呼び分け、彼らはそれぞれの出身地に誇りを持っている。

 確かに、訪れてみるとふたつの街は異なる個性が感じられる。駅と路線を境に西側がガルミッシュ。フレスコ壁画の多い昔ながらの美しい街並みが残り、シックで落ち着いた雰囲気だが、東側のパルテンキルヒェンにはクアハウス、国際会議場、カジノ、ショッピング街などがあり、終日活気に溢れている。

 ちなみに、ここでの冬季オリンピックは参加国28(756人)、4競技(17種目)で行なわれ、日本選手は男子500メートルスピードスケートで石原省三選手が4位、ジャンプでは伊黒正次選手が7位、女子フィギュアでは12歳の小学生だった稲田悦子選手が10位、距離男子リレーで12位といった成績が記録されている。前置きが長くなってしまったが、このような歴史的背景のGARMISCH PARTENKIRCHENは、ミュンヘンより93キロメートル、オーストリアのインスブルックからは57キロメートルのところに位置し、標高720〜2,962メートル。ほかのヨーロッパのスキーリゾートと比較するとベースは低いが、北斜面で日陰部分も多いことから雪質はまったく問題ない。

 中・上級者にとってもっともエキサイティングなコースはオリンピック・ダウンヒルとカンダハー・ダウンヒルだ。両コースともクロクツェックバン・ストリートを通り、スキー場の中心部から出ているロープウェイでオスターフェルダー(標高2,050メートル)まで登り、ちょっと下った地点から始まっている。どちらのコースも起点と終点は同じだが、右のコースがオリンピック、左がカンダハーである。とくにカンダハーはワールドカップのクラシックレースコースとして有名で、難易度の高いコースとしても知られている。

   一方ビギナーにはジャンプ台の見えるエッグバウワー(標高1,238メートル)から滑り降りるコースが快適。全体的にフラットな緩斜面で、コース整備もしっかりしている。

 また、ここを訪れたときにはドイツの最高峰ツークシュピッツェ(標高2,966メートル)からの眺望も堪能していただきたい。市街から車で15分ほど走ったところにあるアイプ湖からロープウェイで上がるルートと駅の裏手から出る登山鉄道(標高2,600メートル地点まで)とロープウェイを乗り継いで上がるルートがあるが、山頂駅(標高2,946メートル)からの岩場をほんの50〜60メートル登った十字架の立つ山頂からの眺望は、ヨーロッパアルプスが「これでもか!」というくらいに広がり、精神浄化作用としては極限に達する思いだ。

 人口は約27,000人、フランスのシャモニとは姉妹都市の関係にある。個人的な宿泊に関するお薦めは「ポストホテル・パルテンキルヒェン」。ルートヴィヒ通りにあるこのホテルは1542年創業。ベッドや机、家具のすべてが本物のアンティークで、豪華さ、気品ともに一流。この街のホテルではどこに宿泊しても緑色の「ゲストカード」がもらえる。これで市内バスが乗り放題になるほか、クアハウス、プール、映画館などの入場料が割引になるというプレゼントカードだ。

 飲食では、まず行ってほしいのが、「ガルミッシャー・プロイシュトゥーベル」。元ボブスレーの金メダリストであるオストラー・アンデル氏が経営するガチョウ料理の店。「フラウンドルファー」は郷土料理の店だが、夜は舞台で民族舞踏が見られ、ドイツにいることを、ことさら実感する。飲みに行くなら「クルトル・アン・ディア・バー」を覗いてみたい。カクテルで有名なところだが、客のすべてが瞳で語り合っているようなアダルトムード。恋人同士なら滞在最後の夜などはうってつけの演出となるいち押しのバーだ。  

 パルテンキルヒェン側の背後に緩やかに迫るヴァンク山には1708年建造という聖アントン教会があるが、内部はロココ様式で飾られ、天井にはJ.Eホルツァーの見事なフレスコ画が描かれている。また「アルプス交響曲」を書き上げたリヒャルト・シュトラウスが住んでいた街としても知られるが、散歩がてらに歩いてみても気高くて流麗、そして堅牢で構築的といったゲルマン民族の深い内面性をどことなく垣間見るようで、僕にとっては脳裏から離れない街である。